本記事では、量子化学計算で使用されるソフトウェア「Gaussian」の概要、何ができるのか、長所・短所、各種運用方法と料金を解説します。初めて量子化学計算を行う方やGaussianの導入を検討している方、Gaussianの機能についてよく知らない方でも、簡単にGaussianの特徴を理解できるようになっています!
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Gaussianとは?
Gaussianは、量子化学計算を行うための世界で最も有名なソフトウェアパッケージです。計算化学の分野で広く使用されており、分子の電子構造や反応性を予測するための計算を実行するために使用されます。
Gaussianは、密度汎関数理論(DFT)やハートリー=フォック(HF)理論など、さまざまな量子化学計算手法をサポートしています。これらの手法は、電子の波動関数やエネルギー、電荷分布など、分子の性質を推定するために使用されます。
Gaussianで出来ること
Gaussianを使って出来ることは主に4つあります。
1. 分子構造最適化
分子の最適な立体配座や幾何構造を見つけるための計算を行うことができます。これにより、分子の安定構造を特定することが可能です。
2. 電子構造の計算
分子の電子構造を計算するための各種手法をサポートしています。ハートリー=フォック(HF)法や密度汎関数理論(DFT)などを使用して、電子のエネルギーや静電ポテンシャル、分子軌道などを求めることができます。
3. 分光学的性質の予測
分子や化合物の光学的な性質を予測するための計算を行うことができます。分子の吸収スペクトル、発光性質、振動スペクトルなどを計算し、実験データと比較することができます。
4. 化学反応の解析
化学反応のメカニズムや反応経路を解析するための計算を行うことができます(GRRMプログラム等)。反応の活性エネルギーや遷移状態の構造、反応活性部位などを推定し、反応の理解や設計に役立てることができます。
これらはGaussianが提供する多くの機能の一部ですが、その他にも溶媒効果の考慮、分子力学シミュレーションの実行など、さまざまな化学系シミュレーション手法をサポートしており、拡張性が高いことも特徴の1つです。
※GaussViewはGaussianの計算結果をグラフィカルに分析できるユーザーインターフェースです。GaussViewは有償ですが、無償のユーザーインターフェースも存在します。
Gaussianの長所・短所
他の量子化学計算ソフトウエアと比較したGaussianの長所と短所について説明します。
長所
1. 豊富な計算手法と機能
上記で述べた通り、Gaussianは多くの計算手法や機能をサポートしています。ハートリー=フォック法、密度汎関数理論、分子軌道理論など、さまざまな手法を利用できます。また、電子構造や分子の性質を高い精度で計算することができます。
2. エネルギー計算の収束性が良い
Gaussianは、エネルギーの収束を高速かつ効果的に達成するための高度な数値アルゴリズムを使用しています。これにより、計算がより正確に収束し、信頼性の高い結果を得ることができます。さらに、収束性の良い計算は、研究者による繰り返し計算の手間を減らし、効率的な研究を可能にします。エネルギーの収束性が高いことは、計算化学における重要な要素であり、正確で信頼性のある結果を得るためには欠かせない特徴です。
3. 多様な利用者層とサポート
Gaussianは、世界中のさまざまな研究機関や企業で利用されており、幅広いユーザー層が存在しています。さまざまなバックグラウンドや目的を持つユーザーが利用しているため、問題や疑問が生じた場合には、開発元に問い合わせなくても、周りの研究者に聞くことが出来る可能性が高いことが特徴です。
短所
1. 高価格
上で説明した通りGaussianは商用ソフトウェアであり、ライセンスの取得には高額な費用がかかる場合があります。ライセンスについては下で解説します。
Gaussian16 64bit版 新規ライセンス価格 ※1
ライセンスの種類 | コマーシャル価格(税込) | アカデミック価格 ※4(税込) |
---|---|---|
サイトライセンス ※2 | ¥7,566,900 | ¥553,300~¥1,309,000 |
シングルコンピューターライセンス ※3 | ¥3,250,500 | ¥553,300(Mac/Windowsのみ) |
※1 HPCシステム社 Gaussian 16 価格表 参照
※2 サイトライセンスとは同一サイト(同じ住所にある同一組織)内の複数のマシンを対象としたライセンスです。
※3 シングルコンピューターライセンスとはインストールできるマシンの台数が1台に制限されるライセンスです。
※4 学位を授与する教育機関に適用される価格
2. 一部の計算方法には未対応
残念ながらFMO法・RI法・F12法には対応していません。
Gaussianの運用方法と必要になる料金
Gaussianは強力な計算化学ソフトウェアですが、上記の短所にも留意する必要があります。計算規模や予算、利用者のスキルセットに応じて、利用の可否を検討することが重要です。
Gaussianの利用を検討する上でまず考慮すべきは、運用方法です。運用方法は大きく分けて、オンプレミス運用とクラウド運用があります。
オンプレミス運用 | 高性能計算機やワークステーションなどのハードウェアやGaussianなどのソフトウェアを購入し、自組織の環境上で構築することを指します。 |
クラウド運用 | インターネットを経由して外部の計算機を使って計算を行う手法です。クラウド運用は、ワークステーションや高性能計算機は勿論の事、選ぶクラウドによってはGaussianのライセンスを購入する必要がありません。 |
それぞれでGaussian を運用する場合、以下のように比較する事ができます。
オンプレミス運用とクラウド運用の各特徴比較
オンプレミス運用 | クラウド運用 | |
---|---|---|
Gaussianのライセンス購入 | 必要 | 契約するクラウドによっては不要 |
ハードウエア※1 の購入 (初期費用) | 必要 | 不要(クラウドの契約費用は必要です) |
動作環境の構築 | 必要 | 不要 |
計算機の置き場や電気代・メンテナンス費用 | 必要 | 不要 |
セキュリティ面 | 自組織のネットワーク内で完結するが、セキュリティ環境を構築する必要がある | セキュリティ環境を構築する必要がないが、社外のネットワークを利用するため、注意が必要。 |
カスタマイズ性 | あり | クラウドによっては制限されることがある |
費用まとめ | 高性能計算機+ライセンス費+運用費(電気代・メンテナンス費等) | クラウドサービス契約料金 |
アカデミックユーザー※2の運用 | ライセンス費は学内でサイトライセンスに契約していれば無償で利用できる | 岡崎スパコンなどを利用すれば無償で利用することもできる |
※1 ハードウエアとはワークステーション及び高性能計算機等を指します
※2 アカデミックユーザーとは、国・公・私立大学及び国・公立研究所等の研究機関の研究者・学生や、計算科学研究センター担当所長が上記と同等の研究能力を有すると認めた研究者のことを指します。
次にオンプレミスの運用を行う場合に必要になるハードウエア及びライセンスの選び方・料金と、クラウド運用する場合にGaussianを利用できるクラウドサービスの料金について説明します。
オンプレミス運用でGaussianを利用する場合
利用目的別に目安となるハードウエアとGaussianライセンス価格
利用目的 | 推奨されるハードウエア | おすすめするGaussianライセンスと価格(OS・bit)※ |
---|---|---|
小規模な分子・教育・入門 | 市販のPC(10万程度/1台) | 50∼70万円(Mac/Windows版・32bit) |
中規模~大規模分子の計算 | ワークステーション(50~100万円/1台) | 300万円~ (Linux版・64bit) |
研究を目的に利用するアカデミックユーザー | ワークステーション(50~100万円/1台) | 学内にサイトライセンスがある場合無料(Linux版・64bit) 学内にない場合 55万(Linux/Mac版・64bit) |
※ハードウエア1台あたりの価格です。複数のライセンスが必要な場合は上で示したサイトライセンスの検討をお勧めします。
ハードウエアの価格と選び方
Gaussianの運用環境を用意する場合、本格的な運用で推奨されているのは、高性能計算機もしくはワークステーションと呼ばれる計算機です。街で購入できる10万円ほどのPCでは、ごく小規模な分子を教育的に利用するには十分ですが、研究への利用という点では推奨されません。
ワークステーションの選択は、安いモノで50万円から100万円のものがよく使われており、中規模の分子でも精度が高い計算を行うことが出来ます。
ライセンスの選び方
ライセンスはどのOS, bitを選択するかによって価格が変わります。利用目的によって選択してください。
- OSの選択GaussianにはWindows版・MacOS版・Linux版とありますが、Gaussianの機能としては大きな差はありません。しかし、GaussianプログラムはLinux環境で最大の能力を発揮する為、Linux版が推奨されています。将来的に以下を想定している場合もLinux版が推奨されています。
- 多ユーザーでのGaussian利用を考えている
- GRRM(反応経路自動探索ソフトウェア)やACIDなどの支援計算ソフトの導入を考えている
- Gaussianと分子動力学シミュレーションとの連携を考えている
- 大量のインプット作成とアウトプット解析が求められ、その自動化を考えている
- bitの選択
Gaussianには64bit版と32bit版が存在します。本格的なGaussianの計算を行うためには64bit版を購入する必要があります。しかし、非アカデミックユーザーは1台用のライセンスを購入したとしても最低350万円ほど掛かります。
お試しとしてと割り切るなら、32bit版を購入することも選択肢の一つです。
32bit版であれば、Mac/Windows版が存在し、50∼70万円ほどで購入することが出来ます。しかし、32bit版は複数のジョブを回すことが出来なかったり、1つの計算に時間が掛かったりと64bit版に比べ機能面に制限が掛かるため、大規模な分子の計算は出来ず、あくまでも入門用になります。
アカデミックユーザーがGaussianのライセンス購入を検討する場合
Linux版のGaussianはサイトライセンス以外は存在しません。つまり、学内の誰かがLinux版Gaussianを使用していれば自分も自動的にライセンス権利を所有していることになります。そのため、利用を検討する場合は学内で他にGaussian利用者がいるかどうかを確認することをお勧めします。学内に利用者がいない場合、64bit版シングルコンピューターライセンスを55万円~、32bit版を22万円~購入することが出来ます。
クラウド運用でGaussianを利用する場合の料金
Gaussianを利用できる国内クラウドサービスの比較
クラウド | 特徴 |
---|---|
Science Cloud | 計算初心者へ向けてのサービス整っており、月額98,000円から利用できる |
FOCUS | 従量利用や1日単位で使用出来ることや利用者講習会やワークショップが充実 |
岡崎スパコン | 審査に合格すれば無償で利用できる(アカデミックユーザーのみ利用可能) |
クラウド運用は、上で述べた通り選ぶクラウドによってはGaussianのライセンスを購入する必要がありません。しかし、非アカデミック研究者がGaussianを利用できるクラウドは少なく、日本国内では以下の2つがあげられます。
非アカデミック研究者が日本国内で利用可能なクラウド例
- HPCシステム社が運営する「Science Cloud」
Gaussianのライセンスを販売しているHPCシステム社が提供しているサービスです。計算初心者はコマーシャルプランとして月額98,000円から用意されています(12 Core, メモリー 48 GB)また、計算初心者へ向けてのサービスとして、分子をお絵かき感覚で記述し、そのまま計算できる機能なども用意されています。その他にも、ユーザーインターフェースや統合GUIツールが整備されていたり、様々な支援システム(GRRMやLAMMPS)が利用できるなどの特徴があります。 - 計算科学振興財団が運営する「FOCUS」
FOCUSスパコンは、スパコン利用企業層の拡大を目的に整備された産業利用向けの公的スーパーコンピュータであり、シミュレーション技術の活用による産業競争力強化のために幅広くご利用されています。特徴として、従量利用や1日単位で使用出来ることや利用者講習会やワークショップが充実しています。計算化学中級者向けには月額で600,000円から利用することが出来ます(64Core, メモリ 200GB)。初心者はまず、従量や1日単位の利用することを検討することをお勧めします。
どちらにも最初に無料枠があるので、ますは気楽に試してみてください。
アカデミックユーザーの利用できるクラウド例
- 岡崎共通研究施設計算化学研究センターのスーパーコンピューター
一方、アカデミック機関に所属する研究者の場合、上のスパコンに加えて、自然科学研究機構・岡崎共通研究施設計算化学研究センターのスーパーコンピューターを利用することが出来ます。こちらは審査に合格すれば無料で利用することができます。
最後に
いかがでしょうか。今回はGaussianの特徴と運用方法について解説してきました。Gaussianはアカデミア・企業で広く利用され、信頼性と使いやすさで高い評価を受けています。また、その豊富な機能と計算精度の高さから、化学や物理学、材料科学などの研究領域で広く活用されています。ぜひ運用方法を検討し、研究にGaussianを活用してみてください!
参考
- 西長亨、本田康 「有機化学者のための量子化学計算入門 Gaussianの基本と有効利用のヒント」 第2章 P. 14-31
- HPC システムズ 株式会社 サイエンスクラウド Standardプラン価格表 2023年7月3日アクセス
- 公益財団法人 計算科学振興財団 利用料金 | FOCUS スパコン 2023年7月3日アクセス
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