この記事は、分子ドッキングというコンピュータシミュレーション技術について、特にClusProというツールを用いたタンパク質-タンパク質分子ドッキング法に焦点を当てています。分子ドッキングは、薬品や生体分子がどのように相互作用するかを予測し、新薬開発などに役立つ手法です。記事では、分子ドッキングの基本からClusProの使い方、実際の使用例、結果の解釈までを詳細に説明しています。この知識を学ぶことで、新薬の設計や生物学的な問題解決に役立つツールを使いこなす能力を得ることができます。ぜひ、トライしてみてください!
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分子ドッキングとは?
分子ドッキングとは、薬品や生体分子(例えばタンパク質)がどのように相互作用するかを予測するコンピュータシミュレーションのことです。特定のタンパク質と薬物がどのように結合するか、どの部分が互いに触れ合うかを計算し、その結果から薬物の効果を予測します。これは新薬開発などに非常に役立ちます。現在様々なwebで使うことのできる分子ドッキング手法があります。今回はその中でも、ClusProについて紹介していきます。
タンパク質の下準備
まず各手法の解析の前にドッキングするタンパク質の下準備をしていきたいと思います。今回はモデルのタンパク質としてProtein Data Bank(PDB)の番号8DHAであるレプチンとその受容体を使います。
レプチンは、脂肪組織に由来するタンパク質ホルモンであり、体重とエネルギーバランスの調節に重要な役割を果たしています。レプチンは脂肪細胞から血液中に放出され、脳の視床下部に存在する特定の受容体に結合することで、食欲を抑制し代謝を調節する作用を持っています。
薬物としてのレプチンの魅力は、肥満治療における可能性です。レプチンの欠乏または抵抗は、肥満の原因となることが知られています。そのため、レプチンの補充や受容体の活性化を促進する薬剤の開発が進められています。
レプチン薬物の魅力は、食欲を抑制する効果と体重減少をもたらす可能性です。これにより、肥満者やメタボリックシンドロームの患者にとって、体重管理や疾患リスクの低減に役立つことが期待されています。さらに、レプチンは食欲を制御する神経回路にも関与しているため、食欲をコントロールする新たな治療法の開発にもつながる可能性があります。
最近ではインスリンを用いずに、レプチンを使って、血糖値を下げることにも成功しており、糖尿病への治療へも期待されています。
(PDB)の番号8DHAであるレプチンとその受容体は結合している箇所のみを実際に取り出したもので、全体は8DH8に登録されています。今回は計算量を少なくするために、番号8DHAであるレプチンとその受容体を使います。
まずPymolのタブのFile→Get PDB…に8DHAと打ち、レプチンとその受容体を表示させます。
続いてDisplay→Sequenceより全体の配列を表示します。
/C/C/1から始まる部位がレプチンに該当するので、この配列を選択します。
続いて、以下のコードを打ち、実行します。
save leptin.pdb, sele
これによって、選択部位がleptin.pdb
として保存されます。
続いてレプチン以外の表示されているレプチン受容体の部分を選択し、
save focus_leptinR.pdb, sele
として保存します。2-acetamido-2-deoxy-beta-D-glucopyranoseも一緒に結合していますが、こちらの部分は選択しないでください。
これによって、選択部位がfocus_leptinR.pdb
として保存されます。
これらのデータはMacintosh HD/ユーザ/自分のパソコンの名前
の階層に保存されていると思います。
以上でタンパク質の下準備は終了です。
ClusProによる分子ドッキング
ClusProは、タンパク質間のドッキング解析に使用されるソフトウェアです。以下の手順で解析を行います。
- 剛体ドッキング:膨大な数の構造変化をサンプリングし、エネルギーが最も低い構造のクラスタリングを行います。
- クラスタリングに基づく構造の選択:エネルギーが最も低い構造を選択し、クラスタリングに基づいて複合体のモデルを作成します。
- エネルギー最小化による選択された構造の改良:選択された構造のエネルギー最小化を行います。
では早速ClusProを使ってみましょう!
まずはClusProのサイトに行ってください。
登録はしてもしなくても利用できます。
以下を記入してください。
- Job Name: ここではleptin-leptinRを記入します。
- Receptorに
focus_leptinR.pdb
を選択します。 - Ligandに
leptin.pdb
を選択します。 - Advanced Optionsとして様々な設定ができますが、今回は設定しません。
- Dockをクリックします。
- 数時間待ちます。
- 上タブのResultsResultsから自分の解析結果を見ます。
ClusProの原理
動作原理は以下のようになっています。
- リガンドの回転: ClusProはまず、リガンド(相互作用を試みる小さな分子)を70,000回回転させます。これは、リガンドが受容体(相互作用を受ける大きな分子)に対してどのように位置づけられるかの可能性を広範に探索するためです。
- リガンドの移動: 次に、各回転に対してリガンドをx, y, z方向に相対的に移動させます。これは、リガンドが受容体に対してどのように移動するかの可能性を探索するためです。各回転に対して、最もスコアが良い(つまり、最もエネルギーが低い)移動が選択されます。
- 最良の回転/移動の組み合わせの選択: 70,000回の回転の中から、最もスコアが低い1000の回転/移動の組み合わせが選択されます。これにより、リガンドの位置が最もエネルギーが低い1000の位置に絞り込まれます。
- クラスタリング: 選択された1000のリガンドの位置は、9オングストロームのC-α rmsd半径でクラスタリングされます。これは、空間的に近いリガンドの位置を同じグループにまとめる操作です。最も「近隣」のリガンドを持つ位置がクラスタの中心となり、その近隣のリガンドがクラスタのメンバーとなります。これらはセットから除去され、次のクラスタ中心が探されます。
このプロセス全体を通じて、ClusProはリガンドが受容体に対してどのように位置づけられ、どのように相互作用するかの可能性を広範に探索し、最もエネルギーが低い相互作用を予測します。
結果
結果はこのように出てきました。
以下の図はClusProの中で最もエネルギーが低かった(=安定であった)タンパク質の複合体です。緑がレプチン受容体、水色がレプチンです。
さて、これを元々の構造と重ねてみましょう。
マゼンダ色のものが元々の配列です。多少ずれて入るものの、同じ箇所に結合していることが見て取れます。
最後に
いかがでしたでしょうか?本日はタンパク質ータンパク質ドッキング法の中でClusProについて取り上げてみました。こちらはサーバーで簡単にドッキングを試すことができるので、ぜひ皆さんも試してみてください。この分野には他にもPatchDockやHexなどと呼ばれる手法もあります。これから取り上げていき、最後に全てを比較していこうと思います!
参考文献
The ClusPro web server for protein–protein docking